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vol.23 2020/04/10

アメとムチ? 目先のことを片付けるために、相手のやる気を引き出す心理学

仕事や勉強など、目の前のタスクをすぐに片付けてもらうには

会社の同僚や子どもなど、自分以外の誰かと一緒にいると「机の上に重要な資料が積み重なっているのに、なぜ一切読まずに放置しているの!?」「目の前に宿題のドリルがたくさんあるのに、それをスルーして、なぜいつまでもゲームを続けているわけ!?」と疑問に思うときがありますよね。でも、人は、しなくてはいけない課題が目に見えていても、なかなかそれに着手することができないもの。むしろ、やらなくてはいけないことが目に映れば映るほど、そこから目をそらし、逃げたくなる心理があります。心理学者のフロイトはこの現象を逃避と名付けています。

とはいえ、仕事や宿題になると、完全に逃避できるものではありません。人はどこかでやらなくてはいけないという焦りを感じながらも、目の前のことから一時的に逃げているのです。この一時的逃避から脱出させるにはどうしたらいいか。行動心理学者のスキナーは、すべて外発的モチベーションで解決できると唱えました。一般的な言葉に言い換えると、アメとムチを使い分けるということです。

たとえば、相手が少しでも資料を読み始めたら「君はできる人だね」と褒めまくり(アメ)、反対にいつまでも放置していたら「そんなことじゃ、君にはこのプロジェクトを降りてもらうしかないね」と釘を刺す(ムチ)というシンプルなもの。相手の行動をよく観察して、アメとムチを明確に使い分ける。たしかにアメとムチは、目の前の仕事に着手させるには一番手っ取り早い指導法ですね。

アメとムチを与えるには絶妙なコツが必要

しかし、近年の行動心理学の研究では、アメとムチは簡単なように見えて、意外と難しい方法であることが、ワシントン大学の研究を始めとした様々な実験でわかってきました。まず、『アメ』を与えるときは、次のようなことに注意しましょう。

(1)アメは、どんどんグレードアップして大げさにしていかないと効かなくなる。
(2)アメは、頻繁に与えなければ相手に響かなくなる。

つまり、人間は褒められることや昇給を受けることにはすぐに慣れてしまい、それが当たり前になってしまうということ。褒めて動かすのは、案外難しいものですね。私はこの原理を知っているので、もし学生が目の前のことに着手しても、一切声をかけません。彼らがあくまで自発的に取り組み始めたのだと判断し、その自主性を尊重します。たとえば、「あなたは前向きな決断ができるのだね」「あなたは勇気がある人なのですね」といった具合に。

すると、これは自分が決めて行なっていることといった意欲を勝手に持ち始めて、どんどん進めていくもの。これに加えて、「流石だね。どんな工夫をしているのか先生にも教えてよ」といった励ましを与える。これが目の前のタスクに、長期間取り組んでもらうための秘訣です。

では、今度は『ムチ』に関してはどうでしょう。行動心理学では、次のようなことを奨励しています。

(1)大勢の前で叱咤するのはタブー。人はプライドが傷つくと、動けなくなるので、相手だけに「このままじゃマズイ」ということを、そっと伝えることが大事。
(2)相手が良い行動をとったら褒めるが、望ましくないときは無視をする。これはアメとムチならず、アメとムシ(無視)の原理。すると、人は良い行動しかとらなくなる。
(3)タスクを放置していたら、すぐにその場で叱咤する(罰の即時フィードバック)。「黙っておいたのだけどね、あのとき君は...」と後々愚痴を言っても、行動心理学的には意味がない。

一言に、アメとムチといっても、上記のようにけっこう細かいコツがあるのです。会社の同僚や後輩、自分の子どもとのやりとりなど、日常生活を円滑に進めるためのひとつの手として、今回の話を参考にしながらアメとムチを上手く使い分けてみてはいかがでしょうか?

アメとムチを長期的に使うのは難しい

ちなみに、この『アメとムチ』には弱点があります。それは、その効果が『一時的なもの』であるということ。要は、アメとムチを上手に使うことで、外発的なモチベーションを高め、相手に目の前のタスクを片付けることを促すことはできますが、それがなかなか習慣化されにくいのです。つまり、この方法は根本的な人材育成・モチベーションの教育には、今ひとつ物足りない面もあるということですね。

さて次回は、今回の内容を深め、本人が自ら『やってみたい』という内発的なモチベーションをグッと高める秘訣として、「言葉での説明には限界がある? 『見る学習』モデリングの心理学」についてお教えします。お楽しみに!

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