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vol.45 2022/02/10

悲しい映画を見て泣く人が必ずしも心優しいわけではない? 涙もろさの心理学

映画を見て泣く人は、実は他人事だと思っている!!

映画やドラマでの悲しいシーン。切ないクライマックス。さっきまで明るく元気だった友人が、そこでボロボロと泣き崩れてしまったり、ハンカチで目頭をひっきりなしに拭い始めたり。そんな光景を目の当たりにすると、「実は心が繊細で優しい子なんだなぁ」なんてグッときた体験はありませんか?それに比べて、自分は(心の奥は、張り裂けんばかりの悲しさなのに!)なぜか涙は全く出て来なかったりする。すると、「なんだか自分はめちゃくちゃ冷たい人みたい」なんて思っている方、少なくないみたいですね。

確かに一定の研究では、喜怒哀楽を表に出す人の方が、心が素直だったり、映画への感情移入がスムーズであったりするといった結果が出ています。心の柔らかい、共感的な方が多いわけですね。ところが、近年のボストン大学における「涙もろさ」に関する研究(1997年、2000年)を中心に、「すぐ泣くからといってその人の性格が必ずしも優しいわけじゃない!むしろ、泣けない人間の方が繊細」といった結果がたくさん積み重ねられているようです。

この実験によると、アメリカの戦争映画などを観て大粒の涙を流したり、嗚咽や怒りに満ちたりするのは、実はリアルな戦争を知らない若い世代に多く見られました。それに対して、ご家族や友人などが戦争に巻き込まれたという悲惨な経験を実際に持っている人たちの方が、当時の時代背景や映像を通して、自身の経験を直接的に思い起こさせるような戦争映画を観て「悲しいけれど、涙は出ない」といった反応になるという結果がはっきり現れています。

戦争映画の他にも、たとえば、「タイタニック」「レオン」「ゴースト」等といった、悲恋、愛、生と死を見つめた人気映画もこの実験の中に使われています。これらは世界中が号泣するに違いないという感動シーンの連続です。でも、良い映画だったけど、涙は一滴も出なかったというアメリカ人が40%以上いるのです。みんな、優しくないから泣かないのでしょうか。40%となると、そんな単純なことではないようですね。

自分に不幸が起こると、辛すぎて泣けない

では涙とは、一体なんなのでしょうね。教科書的には、人間が涙を流すときは「痛みを感じるとき」「悔しさを感じるとき」「悲しさを感じるとき」の3つが挙げられています。この3つ目の「悲しさ」で涙を流す人が、本当に繊細な心、優しい心だからなのかを深堀りしていくと、先の実験を観ればその真逆である可能性も考えられてしまいます。

悲しみの感情は、「A:自分自身や自分の近親者に、悲しいことが起きたときに感じるもの(ショック状態・自分が苦しい状態)」と「B:自分とは物理的には無関係な人に、悲しいことが起きたときに感じるもの(可哀そうと感じる・憐れみを感じる)」の2つに分けられ、それはまったく性質の違うものだと分けて考えらえています。要するにAは「自分事」としての悲しさ、Bは「他人事」としての悲しさという違いがあるわけです。実は、私たちが涙を流しやすいのは、圧倒的にBのときです。

たとえば、私は仕事上、ペットロスで悩んでいる方とお会いしますが、よく伺うのが「辛すぎて、涙も出てきません」という言葉。だけど、映画で他所のペットが出てきて、そのペットが死んでしまうというシーンを見ると、ものすごく自然に泣くことが出来るのです。つまり、自分のペットの死となると、涙を流す余裕もないくらい辛い。だけど、スクリーン上での他人のペットの物語だったら、「ああ可哀そうに」「自分と同じだ」「気持ちがわかる」と少し離れた距離から間接的に感情移入ができるので、泣く余裕が出てくるわけですね。Bの状態は涙が出るけど、Aの状態で涙を流せるようになるには、もっともっと時間がかかるのです。

先に例に挙げた戦争映画も、戦争に携わった本人のご遺族は、悲しい戦争映画で泣ける余裕などありません。ただ苦しく、パニックな気持ちになり、辛くなる人が多いようです。しかし、「戦争なんて、もう自分たちには関係のない遠い昔の出来事」と思っている若者たちの方が、戦争映画で号泣する。これは若者たちが優しいからというよりも、内容がどこか他人事だからなのかもしれません。こう考えてみると、泣くから優しい人、泣かないから冷たい人という単純な話ではなさそうですね。映画やドラマでボロボロ泣ける人は、そのストーリーを少し自分から切り離して、これは他人事であり、あくまでもフィクションなのだというドライな気持ちをどこかで持っている人ではないでしょうか。涙が出ないというようなタイプの方が、映画やドラマの内容を「これが自分の場合だったら」「自分の家族にこんなことが起きたら」などと自分事に結び付けて、苦しい気持ちになりすぎて、泣く余裕を失っているのかもしれません。

映画などでたっぷり泣く。これはメンタルヘルスの浄化にとても良いことだし、泣く人は素直な人かもしれません。でも、絶対に泣けない人は、実はもっと繊細な良い人だったりするのでは、と考えられるわけです。だから、Aさんの泣いている姿を見て「なんて優しい人」とコロッと好きになっちゃった。それに比べて、Bさんは一滴の涙も見せない冷酷な人。だから絶対に信用できない。そんな大きな間違いがないように気をつけて下さいね。

さて、次回は「理想、双子...そして鏡!3タイプの友人をつくるといい? 人生が豊かになる心理学」についてお教えします。お楽しみに!

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