vol.56 2023/01/13

心に効く? 映画の見方の心理学

他人事とは思えないストーリーやキャラ構成の作品が心に効く

私は取材などで「心を癒す映画とは、心理学的にどんな映画ですか?」と尋ねられることがあります。映画やドラマを観て「感動した」「面白かった」ということはよくありますが、さらにそれを越えて「思わず引き込まれた」「我を忘れて観てしまった」という体験は、どのくらいあるでしょうか?結論からいうと、心を癒す映画とは自分と同一視出来る作品なのです。同一視という心理には、「登場人物が他人事には思えない」「この話は自分に関係が深い」と思えることが重要になってきます。そのような気持ちで映画を見ていると、だんだん「この映画は自分に向けて作られているみたい」「私に対して書かれた話なんじゃないか」とさえ感じるようになり、もうそうなると現実や日常そっちのけで「もし自分だったらこういう時どうしよう!?」などと、映画のヒーロー・ヒロインの世界に夢中になれるわけです。

そもそも映画でもドラマでも小説でも、物語というものは、あまりにも奇想天外なものよりも、どこか身近な同一視要素がある方が真に迫って響きますよね。つまり、ホラーやSF、サスペンスはあまりにも現実からかけ離れていて、自分の人生とは同一視しにくいジャンルでもあります。ですから、エンタメや気分転換には良いのですが、映画に「心理的に深い癒し」という効力を求めるなら、それらの作品は往々にして向いていないともいえそうですね。では、どんな映画が「同一視」「癒し」という面での映画の効用を多く持っているのでしょうか。

米・ワシントン大学(2018年)の研究では、21歳~77歳の男女を対象に何度も繰り返してレンタルされている映画のDVDをランダムに411種類ピックアップして、それらの共通する特徴について分析しています。その結果、人が何度も見たくなる映画の共通点は、やはり「もしこのとき自分だったら...」という投影と、その結果「他人事ではない」という同一視が強く起きやすいストーリーやキャラクター構成が顕著であると結論付けていたのです。ちなみに、この研究で対象とした全映画の89%が下記の3ジャンルに分類出来るという分析結果もあります。

(1)ヒューマンドラマ
例)『プラダを着た悪魔』『マイ・インターン』『アンという名の少女』など。
(2) ラブコメディ
例)『ブリジット・ジョーンズの日記』『セックス・アンド・ザ・シティ』『男はつらいよ』など。
(3) ヒーローもの
『スパイダ―マン』『ロッキー』『ハドソン川の奇跡』など。

このような映画の中の登場人物を目で追っている間は、心の中であなたはあなたではなくなって、忘却体験とそれに伴う癒しの経験が起こりやすいということ。それはそうかもしれませんね。他人事ではないキャラクターの登場人物を目で真剣に追っている間は、もうあなたはあなたではなくなります。空想の上では誰かの人生を生きることになるわけですから。その間、自分の心は深い休憩を取ることが出来、日々の雑事を忘れてリフレッシュされた心に戻れる...つまり癒されるわけです。

私は自分のクライアントにそのような作品に多く出会うことを勧めており、実際に、育児や対人関係に関するノイローゼ状態から上手く脱出できた例をたくさん見てきました。現実面での解決だけでは、なかなか心はついていきません。一時でも、自分を空想の世界へとエスケープさせる時間を持つことは、心を軽く生きるためにとても大切な手段です。

しっかりと涙を流すことがリラックス効果に繋がる

また、米・シカゴ大学(2007年)では、下記のような面白い実験が実施されています。A群にもB群にも同じ映画を観てもらうのですが、A群にはひとりで鑑賞してもらって、泣いたり笑ったりといった感情表出を自由にしてもらいます。一方B群では、恋人や友人と一緒に鑑賞してもらい「最後にみんなで映画について議論してもらうので、流れをきちんとおさえて下さい」と指示します。そして鑑賞後に血圧や心拍数を図ってみると、なんと涙をこぼしながら映画に没頭したA群の方が、はるかにB群よりもその値が低下し、リラックス効果が得られていることがわかったのです。映画を集中して観て涙を流すことで、メンタルに悪い成分が外に排出される。だからスッキリするのかもしれません。ということは、心に効く、心を癒す映画とは、あなたが「この登場人物は私のことだ」と思いっきり肩入れ出来るような作品であり、それを出来るだけ没入しやすい環境を作って、ハンカチを用意し、ひとりで集中して鑑賞するのが効果的だといえます。

デートなどで誰かと映画を観に行くのも、もちろん楽しいし素敵ですが「これいいな」「心に響くな」など整う予感がする映画に出会ったら、今度はひとりで、部屋を暗くしてドアの鍵をかけて、インターフォンも切って「この主人公はどこか私と似ている」「この映画は自分のことを描いているみたい」「この物語は他人事だとは思えない」と心で感じながら、ひとりで思いっきり泣いたり、笑ったりするのがオススメです。ひとりで同一視出来そうなストーリーに没入する。そのような時間を意図的に作ることが、映画のメンタルヘルス効用を高める一番の方法といえそうですね。映画の力(=他人の人生)をちょっと借りれば、現実社会で凹むことが続いても、それでかなりリカバリー出来ること請け合いです。

さて、次回は「オンラインミーティングで好印象を与えるには? 仕事にまつわる心理学」についてお教えします。お楽しみに!

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