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vol.59 2023/04/07

美術館ではどう過ごすのがおすすめ? アート鑑賞にまつわる心理学

ひとりで美術館に行くと3.5倍楽しめる!

友達と美術鑑賞をしたり、デートで美術館を訪れたりするのは楽しいことですね。だけど、もしあなたが今悲しみにくれていたり、寂しく塞いだ気分でいたりするとしたら...。美術館に敢えて「ひとりで」足を運んでみてください。人とわいわいと鑑賞するのではなく、あなたの心と美術作品の間に完全な静寂を置く...アートが元来持っている治癒力は、そのような時に生まれてくることが分かってきたのです。

米・イエール大学(1999年)の研究によると、1枚の絵画を友達と鑑賞した時よりも、ひとりで鑑賞した時の方が満足感や愛着感・喜びといった感情が、それぞれ3.5倍も大きくなることが明らかになっています。これは、私たちが他者と美術鑑賞を行った際「これ素敵ね」「これは好きじゃない、君はどう思う?」と問いかけるなど、アート鑑賞以上にその場にいる人間とのコミュニケーションに熱心になっていることを表しているのではないでしょうか。これでは心の疲れが癒されるどころか、却って「頭が疲れた」「言葉選びに疲れた」状態になってしまうことも大いにあると思います。

子どもの頃を思い出してください。芝生に寝転がって空を眺めていると、ぽっかり浮かんだ雲が家族の笑顔やペット、おもちゃなど、いろいろな形に見えてきたという経験はないでしょうか?これは、心の中の大切な物を他の対象に映し出す「投影」という有名な現象で、子どもの心を明るくしたり、情緒を安定させたり、知能を高くするといった効果が認められています。

英・ケンブリッジ大学(1999年)の研究では、年齢を重ねるにつれてこの投影法を出来るだけ「ひとりで」出来るようにならなければ、あまり効果がないということも分かってきています。たとえば心理セラピーで5人の子どもたちのグループに対して調査した場合「僕はゾウさんに見える!」「いや、私はお花に見える!」などと盛り上がりはしますが、個人個人の心が明るくなるといったような結果はほとんど観察されないのです。なぜなら投影よりもコミュニケーションに気を取られてしまうからです。よって、カウンセラーは心理セラピーの最後の方で、どの子どもに対してもひとりで投影法遊びが出来るように導きます。

すると、今まで「あの雲はパパの顔に似ている」と言っていた子どもが、夕暮れになると同じ雲に対して「あれ? パパが怒っている。赤い顔になったね」などとストーリーを付随させてきたり、突風が吹いて雲がバラバラになったりしたら「あ、パパが笑った! 他の友達もたくさん遊びに来た!」という、印象的で深層心理的な発言をすることがあります。これらはすべて、子どもがひとりで雲を鑑賞している時のみに起き得ることで、カウンセラーが介入しすぎたり、他の子どもが一緒にいたりしたら決して起きないことなのです。

アートとの対話は心の癒しに繋がる自分との対話

美術鑑賞も、これと同じ側面が多いと思います。「疲れた心を癒したい」「寂しい気持ちの中に灯りを点したい」というような時は、アートとあなただけという誰にも邪魔されない「静寂さ」の中で「自分にとって、このアートはどう見えるか」「このアートからどんなストーリーが浮かぶか」ということを積極的に心に問うて、心を遊ばせてみましょう。そのためにも、心が疲れた時、美術館にひとりで行ってみるのはオススメです。

また、そのようなアートとの対話が少しずつ出来るようになったら、それを簡単な日記としてしたためるのが心のバランスを取る上では有効だと考えられています。この自己投影記述法はとても単純で「今日はこのアート(絵・写真・オブジェなど)がどのように見えるかな?」というように、自分に質問して「なんとなく○○に見える」ということをメモする習慣を付けることです。

私の場合は、スマホの待ち受け画面をゴッホの絵画『夜のカフェテラス』に設定していますが、それを観て毎日違うことを思い浮かべる自分に気付かされます。たとえば昨日は「今朝は絵が輝いて見える!この小道は明るい将来に違いない」とハイテンションに書いていますが、3日前には「嗚呼、今日は絵がいつもより沈んで見える。星は光っているのではなくて落ちて来ているのかもしれない」と小さな字で書いています。本当に何の脈絡も他愛もない、自分の心に浮かんだことを記録してみるのです。結構楽しいものですよ。

これでアートの鑑賞能力が上がるとは思えませんが、ひとつだけ、大きな学びを得ることは間違いありません。それは、その絵を今、ここで観ている「自分を鑑賞すること」「自己を内省すること」「自分の心と話すこと」。そのような自己鑑賞の時間を持つ力が育つのは確かです。

フロイトに代表される心理学黎明期の学者たちは、人はこのような投影を通して、自分の心を取り戻したり、多幸感を得たり、あるいは怒りのコントロールを覚えたりするようになるということに気付いていったわけですね。あなたも身の回りのあるアートに積極的に関わり、それが自分にはどう見えるのかということについて、もっと意識的になってみてはいかがでしょうか。

ちなみに、英・ケンブリッジ大学(2002年)の研究によると、このような心の力動や作用は、一般的に具象画よりも抽象画の方が「○○に見える」という投影が起きやすいといわれています。ある研究者はピカソやモンドリアン、カンディンスキー等の絵画を身近に置くことを推奨しているようですが、あなたが好きな絵なら、人物画でも風景画でも何でも良いと思います。参考にしてみてくださいね。

さて、次回は「見るだけでも楽しいのはなぜ? スポーツ観戦の心理学」についてお教えします。お楽しみに!

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