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vol.60 2023/05/12

見るだけでも楽しいのはなぜ? スポーツ観戦の心理学

他者の喜怒哀楽を見ることがメンタルヘルスに好影響

私は子どもの頃からスポーツ音痴で、今でも運動が苦手ですがスポーツを観戦するのは大好きです。サッカーや野球はもちろんのこと、卓球、マラソン、相撲、体操から氷上のスポーツまで、どんな競技を見ていても、感動してウルウル。思わず声を挙げて、選手を応援してしまいます。自分も同じという方も多いのではないでしょうか。不思議ですよね。これは一体どのような心理状態なのでしょう。

近年の東京大学(2009年)や米・ペンシルベニア大学(2010年)の研究によると、子どもたちは自分の喜怒哀楽の経験だけでなく、親など養育者による喜怒哀楽の表情を多く見た人の方が、思春期のうつ病発症率が低いことが分かってきました。反対に、一番うつ病率が高いのは周囲に無表情な人しかいなかったという環境にいた人。つまり、単に周りの笑顔が心に良いというだけではなく、泣いていたり、悔しがったり、抗議していたりしている人の顔、つまりネガティブな表情を目にすることも、子ども時代の情緒育成に好影響があることが分かったのです。よって、豊かに変わる他者の表情を目にすることは、表情の少ない環境にいるよりも、メンタルヘルスの環境として良いということ。たしかに、大人になってもスポーツで「負けて悔しすぎる」「勝てて神に感謝!」というような感情を露骨に表現している人の顔を見ると、こちらにまでその感情が乗り移るように心が大きく揺すぶられますよね。そして、我が事のように「惜しかった。でも、次こそは!」「自分もこの選手のように頑張るぞ」という親近感に近い、そして前向きでポジティブな感情を結果的には与えられていることが多いと思います。

だから、私のように自らの運動音痴は差し置いて、プロの選手にとことん自己投影をしては「もっと頑張れ」「惜しい!今がチャンス」などと声を掛け、選手の心理に乗り移ることで、興奮ややる気、闘志といった快感情を得ようとするのです。よって、スポーツを観戦することは大変な癒しや励ましとなるとともに、疲れた心を鼓舞してくれる効果もあるわけです。

また、加・カナダ大学(2018年)の実験では、試合観戦を現地にまで足を運んでリアルに観戦したグループ以上に、テレビ等を通して選手の表情や細かいアクションがクローズアップされるような映像を観戦したグループの方が、勝敗とは無関係にその試合を「面白かった」「感激した」という感想を強く持ちました。これは意外です。リアルな観戦はより間近で試合を観ることが出来るわけですし、他の応援者も一緒になって盛り上がるわけですから、そちらの方が楽しい気がしますよね。しかし実際にそのスポーツのルールや全体性などについて、それほど詳しくない人たちにとってはその競技や試合の内容以上に、選手たちの表情や喜怒哀楽、人間性を目で追いたい気持ちが強かったわけです。だから、選手のちょっとした表情がずっと映し出されるテレビを通しての観戦の方が、単純に面白く、感動したと感じるのかもしれませんね。

心が疲れた時にこそ、スポーツを見よう!

それからもう1つ。スポーツは勝ちか負けか、つまり「白・黒」をはっきりさせることが、観客の心地良さを引き出していることも分かってきました。心理学ではこれを「心の代理機能」と呼びます。

京都大学の紀要によると、2022年の対人関係のストレス1位は「はっきりしないコミュニケーション」であることが報告されています。これは、大人になると人間関係や社会関係で断定することを避け、周囲の顔色をうかがいながらバランスを調整する「グレーゾーンの力」を求められる傾向があることに通じています。いつも相手の顔色をうかがいながら、お互いがWin-Winになるように、白黒付けず「まあまあ」の線を探り合う。これはビジネスマンや主婦、学生同士であっても集団行動が発生する場合は同じです。それが良好な社会集団性を保つには必要なことだから。

しかし、スポーツはそれと正反対。照準を合わせるのは白か黒かの「結果(勝敗)」である側面が強いものです。勝敗に一喜一憂して、勝つか負けるかのシンプルなことだけに全力を尽くす。そんなプロ選手の姿を目にしていると、自分の普段のモヤモヤを代理解消してくれる機能があるのかもしれません。

あなたの心がクタクタに疲れた時、闘志溢れるスポーツ観戦をしてみましょう。選手の力はあなたのパワーを後押ししてくれるはずです。スポーツを応援するという行為は、それによって選手を元気付けるだけでなく、応援者もまた、選手から勝敗・白黒の明瞭を感じることでパキッとした爽快感を分けてもらうことが出来るのです。人と人が双方向にエールを送り合うことは、お互いがハッピーな気持ちになれる素敵なことですね。

さて、次回は「目に見えない強敵... プレッシャーに打ち勝つための心理学」についてお教えします。お楽しみに!

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